三重県出身。
5歳からダンスを始め、幼少期はヒップホップ、高校からはロックダンスに取り組む。中学時代は陸上部の三段跳びで県大会に出場し、学業でも好成績を維持する優等生だった。
ダンスの強豪である三重高校に進学し、厳しい環境の中で全国大会3位の入賞を果たす。
そこで「他者を楽しませる」というパフォーマーとしての根幹を学んだ。法政大学進学後、強豪ダンスサークル「D-mc」に入会。1年時のナンバーファッチャへの参加を機に本格的にハウスダンスにのめり込む。
現在は、44名の大所帯となったハウスジャンルのリーダーとして、引退公演に向けた作品作りに奔走している。


彼女がいま成し遂げたいことは、D-mcの引退公演において、自身がコレオグラファー(振付師)を務めるハウスジャンルで「メンバー全員が心から納得し、楽しめる最高の作品を創り上げること」である。
自身が初めて一人で作った作品への自信のなさを払拭し、45名という大所帯のメンバー全員に「ハウスを選んで後悔はない」と断言してもらえるような、みんなが心から満足する作品づくりに全力を注いでいる。

彼女が45名ものメンバーを抱えるハウスジャンルのリーダーという重責を担う道を選んだ背景には、「自分にしかできない」という強い使命感がある。
かつて共にハウスを牽引してきた同期がサークルから離れていく中、自分まで身を引いてしまえばD-mcからハウスというジャンルが消滅してしまうかもしれないという危機感があった。
「私がやるしかない」。
その強い覚悟が、プレッシャーに押し潰されそうになりながらも彼女をリーダーの座へと駆り立てたのである。
「自分本位にならず、他者を楽しませる作品を創る」という彼女のコレオグラファーとしてのスタンスは、三重高校ダンス部での過酷な経験に深く根付いている。
全国大会を目指す強豪校で、自己満足のダンスではなく「観客にどう見られるか」「どうすれば楽しんでもらえるか」を徹底的に叩き込まれた。
この「エンターテイナーとしての厳しい視点」が、現在の後輩や観客を第一に考える組織運営と作品作りに強く共鳴している。

彼女の覚悟が定まった決定的な瞬間は、かつてファッチャで共に踊り、ハウスダンスの楽しさを分かち合った同期たちがサークルを離れていった時である。
大学入学後にゼロからハウスを始め、同期と専門性を高めてきた彼女にとって、仲間の離脱は大きな状況の変化だった。
しかし、そこで立ち止まるのではなく「自分がサークル内でハウスダンスのジャンルを存続させる」という強い責任感を抱くようになる。
以前は1人での作品制作に自信を持てずにいた彼女だが、この状況を機に自らが前に立ち、今回の引退公演でその不安を払拭して自信の持てる作品を創り上げるという揺るぎない覚悟を決めたのである。

リーダーとして意思決定をする際、彼女が最も大切にしている軸は「常に『受け手』の視点を持ち、楽しさを提供すること」である。
どれほど自分がカッコいいと思う構成であっても、自分の振りが躍りにくくないか、どのようなスピードで進めればみんなが快適か、などの点で意見を取り入れながら意思決定をしている。
独りよがりな作品ではなく、初心者の後輩から観客まで、誰もが楽しめる空間を創り出すことを絶対的な使命として貫いている。
現在の彼女の課題であり挑戦は、「45名の大所帯をまとめ上げ、全員のモチベーションとクオリティを最高潮に保つこと」である。
人数が爆発的に増えたことで、ポジショニングや出番の差によるメンバーの不満やモチベーションの低下といった問題が起きる可能性がある。
彼女は「どうすれば全員が輝けるか」というリーダーとしての重圧と闘いながら、引退公演という限られた時間の中で最高の作品を完成させようと、泥臭くもがき続けている。
引退公演のステージを終えた後、彼女が一番言葉を交わしたいのは、自分の創ったハウスの作品を踊ってくれたメンバー全員である。
「まひろさんのハウスを取って本当に良かったです」「この選択に後悔はないです」。
そんな言葉を引き出すこと。
重圧に耐え、孤独な作業を乗り越えて創り上げた作品を通じて、メンバーの心からの笑顔と感謝を受け取ることこそが、彼女が青春のすべてを懸けたD-mcでの活動の、最高の見返りなのである。

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